宇和島城は藤堂高虎が築城した初期のもので天守は建て替えられている
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宇和島城(愛媛県宇和島市丸之内1番地)
宇和島城について
文禄4年(1595年)伊予国宇和郡7万石に封ぜられた藤堂高虎は、もともと存在した丸串城に入り、新たにこの地に築城した。これが宇和島城である。
宇和島城は、宇和島市街中央にある標高約80メートルの城山にあります。白壁の総塗籠造り、独立式、本瓦葺、3層3階の天守です。規模は比較的小さいのですが、全体的に美しい均衡を保ち、荘重で江戸時代天守の典型的なものとして、昭和9年国宝に指定されました。
しかし同25年の文化財保護法の制定により、重要文化財と変更、苔むした石垣に昔を偲ぶ城跡全体も、国の史跡に指定されています。
現在地に初めて天守が建造されたのは、慶長6年(1601)ごろ、藤堂高虎によるといわれています。慶長元年に築城工事が始まり、堀と石垣を築き、大小の櫓を建てて厳然たる城郭を造り上げました。同19年に奥州仙台の藩主
伊達政宗の長子秀宗が封ぜられ、以後伊達氏歴代の居城となっています。
天守には、1層目に大きな唐破風の玄関があります。このような大きな玄関は天下太平時代の特色の一つです。各層の屋根には比翼の千鳥、唐破風、大千鳥などを交互に組み合わせ、整った外容となっています。天守建築としてはもっとも完成された姿であって、わが国の城郭天守の典型ともいえましょう。
天守への道が通じる城山は、周囲1249メートルの独立した山です。築城以来斧が入っていないという自然は、深山に分け入った景感を十分味わうことができます。
数多くの築城に関わり、名手と名高い藤堂高虎。その名人が、自身の居城として手がけた初期の作品で、鎌倉時代からあった城を築き直したのが宇和島城だ。
この城は、築城名手のルーツを辿って見学すると面白い。まずは高虎の作の特徴のひとつ、高い石垣。これは宇和島城から始まったもので、自然石をそのまま積んだ素朴ながら力強い石垣が、やがて圧巻の
大阪城石垣へと繋がっていったのだ。
次に外周の形状。高虎の城はシンプルな四角の外形が基本だが、この城の外周は直線の堀で三角形。これは敵に布陣を誤らせるトリックでは? とも言われるが、その後、高虎が手がけた城に五角の外形が見られないことからより効率的に城を築いた結果と考えられている。ちなみに、城を中心に広がった字和島市街は今も五角形を成している。
宇和島城天守は、実に整った、最も天守建築意匠の洗練され尽された外容といえる。三層三階のこの天守は、伊達宗利の代に、藤堂高虎造営の天守の老朽化に伴い、新たにあげられた建築だ。
妻側初眉には千鳥、二層目には置厭破風、三層目は入母屋、平側本丸内側には、一階に巨大な膚破瓜の玄関を有し、初層には比翼千鳥破風、二層目に千鳥破風、三層目には二層目の千鳥破風を受ける形で唐破風が据えられる。
なんとも均整がとれ、かつ天守建築らしい威風と華やかさにあふれる姿だ。とりわけ、大きな玄関が付すのは、泰平の元和値武の時代に建てられたことを物語る。
藤堂高虎時代の天守は現存天守とは異なり、岩山の上に石垣を築き大入母屋を二層か、三層にあげ、その上に廻縁高欄の望楼をあげた型で、下見板張の壁であった。現存天守は伊達氏時代の泰平の時代を象徴し、大きな唐破風屋恨の玄関をもっています。
その後元和元(1615)年には、高虎に代わって伊達秀宗が城主となっています。
2代目城主宗利のときに現存する三重三階の
天守が造られたと言われています。遺構は天守と上り立ち門だけという小規模な城郭。
標高約80メートルの城山の上にそびえる天守は、本丸を中心に曲輪が階段状に配されており、ふもとは不等辺五角形の惣構となって、そのうち2辺は海に接しています。
この形が非常に面白い。現在の天守は、寛文6(1666)年頃に再建されたものですが、小さいながらも優美で、好きな天守のひとつですね。
宇和島城の歴史
宇和島に入封した当時、財政的に苦しかった秀宗は、本家仙台伊達家から借用。
しかし、そこに徳川幕府から大坂城改修工事の命が下るなど、財政難はさらに悪化。これを打開するために
伊達政宗は、家臣の中で優秀で信頼の置ける公頼を宇和島藩に派遣するのです。
ところが彼の政策は、結果的に宇和島藩藩士たちの減給を強いることに。家老・桜田玄蕃との対立も深まり、藩主秀宗が公頼暗殺を命じ、山家一家が惨殺されたというのがこの騒動。
その後、この騒動に関わった者が相次いで命を落とすということがあったため、人々は公頼の怨霊だと恐れ、和霊神社を造って祀ったと言われています。
見どころ&城情報
現存みどころ 天赦園
宇和島城には天守と石垣、搦手門が残るが、天守以外にも見どころとして忘れてはならないのが隣接する天赦園である。園内は城郭庭園の典型で、海水が池泉を潤し、茶亭、東屋が盛時のまま残る。春には美しい花、秋には紅葉など1年を通して楽しめる。
宇和島城
国重要文化財 天守
別名 鶴島城(つるしまじょう)
分類 平山城
築城年 慶長元(1596)年
築城主 藤堂高虎
主な城主 藤堂氏、伊達氏
愛媛県宇和島市丸之内1番地
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