北条幻庵は早雲から氏直まで北条五代のすべての当主に仕えた

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北条幻庵

戦術2
知力6
政治力8
忠誠心7
運6

97歳という当時としては驚異的な長寿を全うした
1. 北条幻庵は、初代・北条早雲の三男として生まれ、97歳という当時としては驚異的な長寿を全うし、小田原征伐の直前まで生きたといわれる。関東を制覇した北条氏五代の栄枯盛衰をすべて見てきた人物だった。

この人物が活躍するのは、隠居して出家後に幻庵の号を名乗るようになってからだといわれる。氏康の七男を養子にしていたが、上杉謙信の人質に送られ、後に上杉景虎を名乗っていた。幻庵はその上杉氏と北条氏を結ぶパイプ役として暗躍している。

北条氏の外交は、幻庵の手腕に委ねられることが多かった。和歌や連歌、茶道などに精通した文化人だったという。当時の武家や公家相手の外交には不可欠の要素であり、戦いに明け暮れる現役の当主たちに代わって、幻庵はこれらの素養を駆使しながら、文人外交を展開した。

幻庵は初代の早雲から最後の当主となる氏直まで、北条五代のすべての当主に仕えた。しかし、一族の最長老だけに、当主といえども軽くは扱えない。当主に諌言のできる数少ない人物でもあった。

また、長い経験に培われた判断は鋭く的を射てもいる。当主に判断ミスがあっても、幻庵がブレーキとして機能。間違いを正すことができた。これもまた軍師的な役割といっていい。このため北条氏は幾度かの危険を乗り越え繁栄したのだが豊臣秀吉との関係が悪化した最も大切な時期に寿命が尽きてしまう。

その八カ月後に小田原征伐が開始され北条氏も滅ぶのだが、もしも幻庵が存命だったら、あるいは、歴史はまた変わっていたかもしれない。



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